成城スクールライフ
2017年03月15日
高2:石川啄木座談会
座談会に参加した6名の生徒

座談会に参加した6名の生徒





冬休み中の2016年(平成28)12月24日、高校2年の生徒6名による「石川啄木座談会」を開催しました。これは国語表現(担当及川)の2学期の授業を踏まえ、討議を通じて石川啄木とその作品についての理解を深めるとともに、授業の振り返りと総括とを意図したものです。

 

石川啄木の授業は高校2年生8クラス(文系・理系とも)を対象に、2学期10時間をかけて行いました。

10月考査までの5時間は、啄木やその周辺の人々や事件について知識を吸収することに費やしました。啄木自身に加え、与謝野晶子、金田一京助、大逆事件について、辞典や書籍などの資料を300字程度でまとめ、『啄木歌集』(岩波文庫)より及川が抜粋した39首を各自筆写しました。

12月考査までの5時間では、1時間目に3人1組を作り、それぞれ3首ずつ担当の歌を割り振り、調査項目を指示しました。2~4時間目は図書館で授業を行いました。2時間目は図書館の書籍やそれぞれインターネットで検索した資料などに基づき、所定の項目を調査・整理しました。調査項目は、①短歌の読み方、②語彙、③訳、④背景(伝記的事実、地理・歴史など)、⑤寸評(3首まとめて)、⑥自分たちの石川啄木の評価です。3・4時間目には、調査した内容をA3版のポスターに仕上げます。各班に、黒・赤・青・緑の4色のサインペンを配布し、視覚的効果を工夫するよう指示しました。5時間目には大会議室でポスターセッション形式での発表です。調べた事柄の伝達はもちろんですが、10月考査の時期に蓄えた知識なども踏まえつつ、自分たちの分析・考察をどれだけの説得力をもって行うことができるか、クラスメイトを納得させ共感させられるかが試されます。聴き手に回るときには、各班に配布されている「評価票」を記入しながら注意深く他班の発表を聞きます。

発表ポスター1

発表ポスター1

発表ポスター2

発表ポスター2

発表ポスター3

発表ポスター3

 

12月考査では、啄木の短歌を覚えているかどうかを問うとともに、作文を課しました。設問は、「青春回想、望郷、挫折、流浪、病の5つの観点から1つ選び、啄木について200字程度で論じなさい」というもので、事前に公表し準備のうえ臨ませました。解答に際しては、参照した書籍・インターネットサイトなどを申告する欄を設けました。

 

「石川啄木座談会」は、発表で高いパフォーマンスを見せた班から代表者に集まってもらい実施しました。次第は以下の通りです。

① 自分たちの発表について

② 他の発表で印象的だったもの

③ 自分の一番気に入った歌、気になる歌

④ 考査で設定した5つの観点(上記下線部)を巡り

⑤ 死

⑥ 啄木の評価

出席者は、渋谷治輝・古澤鑑実(B組)、濵野揚茂・村田和矢(C組)、渡辺太一賀(D組)、牛窪大博(F組)の6名の諸君、司会は及川が務めました。発言の中から特に注目すべき箇所を紹介したいと思います。

 

  • 渋谷治輝

・全体の方針として「寂しさ」というテーマを設けて、訳も「寂しさ」をアピールできるような形にして、講評についても石川啄木が「寂しさ」というものを感じてこれを書いたんじゃないかということを伝える方針で発表しました。

・啄木の功績というか、今こういうふうに評価されている功績というのは、その寂しさというのが原動力となっていたのではないか。

 

 

  • 古澤鑑実

・「本を買いたし、本を買いたしと、あてつけのつもりではなけれど、妻に言ひてみる。」という歌が、正岡子規の「いくたびも雪の深さを尋ねけり」という句と似ているなと思うんですね。彼らは若くして亡くなってしまいましたけれど、まだやり残したことがいっぱいあるのに死んでしまう。もうそろそろ駄目だなみたいな感じがが表れている詩だと思ったんです。

・啄木にはやり残したことがあったかも知れませんが、こうして表現できたということは、幸せな死だったんじゃないか。

 

  • 濵野揚茂

・浅草という場所にものすごい愛情というか、そのようなものがあって、「さびしき心」って言っていて、啄木が言う「寂しい」は通常とは別の寂しいなんじゃないかなという点で、啄木の裏の顔がまざまざと現れている短歌に思われて気になりました。

・僕が一貫してずっと啄木について思っているイメージは、やっぱり「子供っぽいな」ということなんですよ。子供というのは痛かったら痛いと言うし、悲しかったら泣くし、嬉しかったら笑うし、素直に気持ちを全部表すんですよ。啄木の場合短歌で表している。

 

  • 村田和矢

・いかにも自分が思ったところを率直に歌に表せる語彙力の高い人だなということです。

・啄木が自分の死に真っ直ぐ目を向けている。啄木は死に対して、絶望から自分の死を見通して直視している。すごく信念を持っているんだな、前向きという訳ではないけれども、死に対して諦めというか、「もういいや」というのが無く、なかなか出来ることじゃないなと思います。

・啄木の人間としての成長が、歌全体を通して見たとき感じられました。

 

  • 渡辺太一賀

・僕は北海道の流浪の歌が全部好きというか一番面白いなと思っていまして、その逢着点というのが恐らく「しらしらと氷かがやき千鳥なく釧路の海の冬の月かな」だと思うんです。北海道の流浪は、彼の歌としての真っ直ぐさ、シンプルさを高めただけでなく、死の意識へと向かっていった大きな転換点ではなかったのかというのが僕の考えたところです。

・彼が恋に対して真っ直ぐであったということなんですね。彼の気持ちの推移、移り変わりというのは、けっこう彼が失敗したとかそういうこともあったとしても、その中でも彼は「真っ直ぐ」だったというのは一番重要な構成単位なんじゃないかな。

 

  • 牛窪大博

・「新しき明日の来るを信ずといふ自分の言葉に嘘はなけれど  」ですか、最後の「嘘はなけれど」のところに、「  」が入っていますよね。たぶん続けようと思ったんだけど、やっぱり未来のことを信じていたいから、言うのを避けたんだと思うんです。「新しい明日」が見えるということを信じてるけど、でもやっぱり無理なんじゃないかという弱音を吐きたかったんだけど、でもやっぱり信じていたいから言うのをやめた。

・啄木もやはり私たちと同じ心を持っているんだなということを改めて実感しました

 

発表ポスター4

発表ポスター4

発表ポスター5

発表ポスター5

議論は白熱、1時間半にも及びました。彼らの到達した結論、それは啄木とは「愛すべきクズ人間」というものでした。

それぞれ、座談会に向けて改めて短歌を読み直し、調べ直したうえで臨んでくれました。表現の細部に渡って注意を払い、啄木の伝記的事実と、分析・想像・実感などが融合した、説得力にとみ共感を呼ぶ論が次々に発せられ、成城生のポテンシャルの高さを改めて感じさせられました。特に嬉しかったのは、お互いの発言をしっかりと聞くなかで、受け入れたり、あるいは次のものを導き出したりと、相互に触発し合うことが感じ取れたことでした。この企画を実施して良かったと強く思いました。

 

高校2年生は、1年次に俳句、2年次に短歌を学習しました。1年次は、東日本大震災を素材とした照井翠『龍宮』より「自選50句」、正岡子規50句選を、それぞれ個人発表の形で取り扱いました。2年次には石川啄木の39首を3名1組で調査・発表しました。そこで意図したのは、短詩型文学に触れることであるとともに、「死」について考えることでした。自身の経験した震災を描いた照井翠、いずれも結核で若くして亡くなった子規と啄木の作品を通じて、10代の時点で、一度「死」と向き合ってもらいたい、そのような機会を持って欲しいと思い設定した単元でもあります。

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